東京医科歯科大学第一口腔外科をやめてから 1

日本歯科大学から東京医科歯科大学の口腔外科に入った私が5年半、上から数えたほうが早い位置にいながらどうして辞めたのかをお話ししましょう。

まずはやめるきっかけとなったことから

ホームページの「ニシオ歯科の原点」にある清水先生を尊敬し、かわいがってもらった私ですが、清水先生が大分の教授になられたあとはあからさまにS田教授に嫌われ、いやみを言われ、それでも数年いました。

仮面うつ病の治療に燃えていましたから。

が、毎週金曜日に行われる医局会でS田教授に

「長く医局にいて、研究もせず、漫然と居残っている医局員ははやくやめてもらいたい」とまで暗に私を指して言われるようになりました。

研究より治療という私、比べて、研究あっての患者さんという教授。嫌われるのは当然でした。

先輩医局員のアドバイスで
「いいところが勤務先があれば紹介してください」
と教授にいいました。

「君は研究実績がないから紹介できないんだよ」
とあっさりことわられました。

ある時は医局会で
「ある病院から求人の依頼がありました。条件はまったくありませんが、ひげを伸ばしている人だけはだめだそうです。」
とS田教授

私とI田君が名乗りをあげました。
が、I田君はひげがトレードマーク。
結局決まったのはI田君。
髭ものばしたままです。

I田君は医科歯科大学出身。明らかに差別されています。

こういうことが度重なり、ついに私は自分から辞めることにしました。

人生には苦労する時期があります。

このあと私は人生の中で最も苦労する時期を過ごします。
その話はまた後日

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