東京医科歯科大学第一口腔外科をやめてから 9

開業を決めた私でしたがまだ具体的なことは何も決めていません。
というより決められないのです。

場所が決まらないと何も進まない。
確かなことはオサダという会社のユニットを使うことだけ。
まずはオサダに連絡しました。

ああいう歯科関係の企業には開業支援の部署があります。
そこでは常に場所も探しているのです。

ちょうどそのころ母が上京してきました。
抱えていたいじめの問題がなくなって、安心しての上京でした。

そこで私は浦安をタクシーで案内しました。
駅はできてはいるものの、まだ草っぱらだった新浦安の駅前。
ビルの工事が進んでいました。

「こういう場所に開業できたらいいんだけどな」
私はそう母に話しました。
建築中のビルの名前は「明治生命新浦安ビル」でした。

具体的な話に父も上京してきてくれました。

私と父が行ったのは明治生命の本社。

私は今迄の略歴など資料を用意して一生一代のプレゼンをしたのです。

自分のことをこれだけ役に立つ人間だと恥ずかしげもなく話したのは最初で最後でした。

しかし、担当者はあまり乗り気ではない印象でした。
暗にだめだと言われたのです。

そこで地元出身の国会議員の家に行きました。
父は議員に口利きをしてもらおうと思ったのです。

父が応援していた議員です。その人とは先代からの付き合いがあります。
議員は不在で、手紙のみ置いてきました。

後日、議員の秘書から電話がありました。
「もうテナントは決まってるじゃないか どうにもできない」
冷たい言葉だったそうです。
父は立腹。「あれだけ応援してきたのに・・・だめならだめだって言い方ってもんがあるだろう・・・」

さて、これで万策尽きた。

あとはオサダの情報から開業場所を探すだけ。

が、ここで朗報が飛び込んできました。

テナントとして入れると。

父が勤務してきたN銀行、これは私の先祖と数人が興したG銀行が合併した銀行です。

当時父は銀行を定年退職し、系列の小さな会社の社長をしていました。

父は事の顛末を会社で話していたら、銀行の頭取に話が行き、明治生命の専務に話が行き、その結果、テナントとして入れることになったのです。

N銀行と明治生命はつながりがあったのです。

なんという幸運。父のおかげです。先祖のおかげです。
墓参りもしないばちあたりな私が初めて先祖に感謝しました。

ようやく開業場所が決まりました。

これで苦労話はおわりです。

って、まだあるのですよ

とほほ
それはまた後日。

この記事へのコメント

2015年07月13日 22:01
すごく感謝です(*´ー`)
かなり緊張してるから変になていたらすみません。

ニシオさんのブログに出会えて本当に良かったです!

溜息ばかりの毎日で正直もう限界だしキツイ…と思ってたんですが足枷が少し軽くなった気がするんです(ノ≧∀≦)ノ
視点は違うのが当たり前なのかもしれないんですけどそれでも全部違うわけではなくて似てる所もあって、なんていうか私は当たり前すぎることを忘れ過ぎてたのかもしれません(汗)

それで…一人で考えてばかりいると中々浮上のきっかけを得られないので、、

maki2.co@i.softbank.jp

話聞いてもらえませんか?悩みを解決に導いて欲しいとかじゃなくて、聞いてもらえたらもとスッキリ出来そうな気がするんですヾ(´▽`*;)
お返事心待ちにしています!

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