東京医科歯科大学第一口腔外科をやめてから 10

ようやく開業が決定した私はそれから約半年とても忙しい毎日を過ごしました。
忙しくても充実した日々。

私のいままでのアイデアの結集作業です。

決まっていたのはユニットはオサダ。材料はKOデンタル。

まずはオサダに向かい自分のやりたいことを手助けしてくれる人の紹介をお願いしました。

やりたいこと

それは
扉の右開きか左開きのどちらが患者さんにとっていいか?
歯科衛生士の白衣の色はピンクが多いけど、本当に安心させる色なのか?
などなど・・・
一つ一つに疑問を持って納得してやる

実は開業を決めた私はすぐに電通に行ったんです。

が、

「こういうデーターは今のところありません。一から調査になるので1千万くらいかかりますよ」

で、仕方なく自分でできることをしようと考えたんです。

それには共感して手助けしてくれる人がいる。
ということでオサダの担当者、KOの担当者、私の3人で何度も話し合い
を持ちました。

いろんな変った歯科医院も見学に行きました。
インターネットなどない時代でしたから、情報は図書館でした。

設計図面は何十回も書き直し、最後は数センチ単位の作業でした。


これらの作業を終えて、実際に診療室が出来上がりました。
これらの話はいくら話してもつきませんから先に行きます。

11月16日が開院予定日。

がここで大変なトラブルに巻き込まれます。

開業を役所に提出するのですが・・・

審査のために歯科医師免許のコピー、診療室の完成図面やいろいろな書類をすべて提出するのです。

そして審査。

普通は形式だけなので通常は簡単におわります。

が、

が、

役所の担当者は認められないというのです。

それは

当初、ビルの医療フロアーをある薬局がまとめて借りて、それを診療所に貸すという構造になっていました。

それは明治生命が医療に詳しくなく各科を集めるのが難しいという理由であったからです。

が、明治生命と取り交わした文書には「また貸し禁止」の一文が。
それはテナントが別のテナントに貸して利益を得たりすることを禁じる一般的な文書です。
まったく関係ありません。

が、また貸ししていると言いがかりをつけるんです。

それもねちっこいいや~な言い方で。

しかし、すでに同じフロアーのもう一軒の歯科は同じ文書で審査を通過しています。

が、それを言うと担当者は

それは担当者がちがうから関係ない。

つまり、役人の嫌がらせです。いやな人に当たったんですね。

それで明治生命の担当者も交えて何度も何度も千葉県庁に説明に行きました。

これがまた不便な場所にあるんです。

何度も何度も書類も書き替えしました。

ようやく審査が通ったのが開業予定日数日前。

心底疲れました。

開業記念の簡単なパーティーのあと家族と行った伊豆の民宿で刺身を一口食べた私は倒れて半日眠り続けたのでした。

これで、東京医科歯科大学口腔外科をやめてニシオ歯科を開業するまでのお話です。

開業後にはまた新たな苦労する時期が出てくるのですが、それはまた次の機会に



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